ぱんだかえるひよこ

心臓病&元医療的ケア児の通院と療育のことなど

【障害児ママの受容と葛藤】知的障害への受容の変化

 

はじめに

motherrii.hatenablog.com

 こちらの記事を公開してから1年が経ちました。

(思うところがあって下書きに戻した時もあるのですがやはり公開します)

 

もうすぐで4歳になる娘は療育園の知的障害児クラスに通っています。

 

知的障害、重い言葉ですよね。胎児の段階で心臓病が見つかったときから、修復手術を受ける直前まで、私はわが子を亡くすかもしれないとは考えたのに、同級生と同じ学校に通えないかもしれないなんて思ったことがなかったんです。後者は今強く思っていることです。娘は上の子が通っている地域の学校には通えないのかもしれない

 

術中術後のトラブルで生死を彷徨ったとき、脳が委縮したことは間違いなさそうです。それに対する病名もつきましたが、退院してからゆっくりと発達してきたこともあり、病院で脳に関するフォローは受けていません。主治医の判断を待たず先に療育センターに繋がったので、娘の発達に関しては療育センターの小児神経科の医師が診ていくことになりました。

医師は「長期入院による経験不足」を理由に発達が遅れているのではないか、療育園で決まった時間を過ごし、先生や友達と関わることで発達が促されるのだから様子をみよう、というようなことを私に伝えました。

 

 

motherrii.hatenablog.com

 

娘の3歳までの発達はこちらにも少し書いているので、よかったら読んでみてくださいね。

 

 

2歳児から3歳児へ、肢体不自由児からの変化

 

2歳9か月で経管栄養を離脱しそのまま卒業となり、今の娘の顔には何もついていません。さらに3歳1か月で歩くようになると、他の子どもと変わらない印象を私が持つようになりました。3歳9か月の今公園の滑り台に付き添う必要もありません、階段を登って滑り降りてくるのを、階段の下と滑り台の傍から見守るだけで済みます。同い年らしき子を見ていても、身体能力の発達はある程度追いついたのだなと思いました。

 

では何が遅れているのかというと……間違いなく言葉です。

歩き出した段階ではこのまま話せるのだろうかと不安に思いました(1歳後半で初語は出たのに言葉の増えがゆっくりだった)

ところが療育園に普通に通えるようになった6月から言葉が爆発的に増えました。「イヤ」と言えるはっきりした自我も芽生えました。今では指差しをしてこちらと会話しようとしているし、私の言うこともほぼ理解している様子です。

とはいえまだ2語文にはなっていない気がするし、発音もまだ不明瞭です。言えない言葉は喃語でごまかしている感じもあるし、他人と会話できるレベルにはまだ至っていません。

 

そして健常の年少さんはもう言葉を使いこなして他人とコミュニケーション取れるんですよね。自分の欲求をイヤイヤ以外で表現できることを考えると、娘はあともう2段階くらい言葉の理解が必要だと感じます。

 

自立と勉強と

 

娘は最近数字に興味を持ちだしたようで、数字のパズルができるようになりました。1から10まで割と正しい発音で数えられています。文字と数が繋がっているかはまだ怪しいです。

お勉強というか、知育に近いことができるようになったのはここ最近です。いつのまにか型はめのパズルもできるようになっていました。1年前は指先を使うのがそこまで上手ではなかったので、パズルも諦めてしまうことが多かったです。鉛筆で書く意欲もあるので、少しずつ学習に向かう意欲は育ってればいいなぁと思います。

とはいえ幼稚園児のように、ハサミやのりやクレヨンを使うのはまだ遠そうなんですよね。

 

生活の自立はかなり発達してきました。ご飯も一人で食べようとするし、着替えも介助はいるもののできるし、出かける時間になれば靴下をはいて靴を履くのもスムーズです。オムツはまだ外れないしトイレ関係については先送りにするとして…

上の子が年少だった時と比べても手がかかる感じがせずやる気を感じられます。このやる気はこの子の強みだろうと思うのです。

 

 

支援学級か支援学校か

 

さてまだ年少なので就学の話は先なのですが、上の子が普通級に就学した(特に就学相談などはしていません)をきっかけに、少しだけ娘の3年後を想像してみます。

たとえ年中年長で能力が伸びたとしても普通級は厳しいかなと思います。勉強がハイペースであること、親と担任とのやりとりがほとんどなく、教室での一斉指示を理解できる知能は必要なことを考えると難しいでしょう。

 

となると上の子が通う地域の小学校には知的障害の支援級があります。まだどんな子が通っているかは不明ですが、10人に満たないクラスだと聞いています。心臓のことで特別な配慮が必要だとしても看護師が必須なわけではないので、養護教諭と連携すれば支援のあるクラスでやっていけるのではないか…と、まだそのクラスを見ないで考えたりしています。

ひとつネックがあるとすれば、コロナ禍のためネットにあげられていた地域の就学説明会の資料に「支援級は1つ下の学年の単元を受けることが可能」とあったことでしょうか。娘の発達は1学年どころか2学年遅れているように感じるので、どこまでの遅れが許容範囲なのかは教育委員会と話し合わねばならないのだろうなぁと思います。

 

また知的障害の支援学校もあります。こちらは療育園でいずれ見学や説明会があるだろうと考えていますが、資料を見ると自立や訓練の授業が多いと感じました。

どちらにせよ2年後の本人の姿を見て過ごしやすそうな場所を選択しようと決めています。でもできれば地域の学校がいいなぁと思ってしまうあたり、受け入れてないのかまだ抵抗があるのか、揺らぐところです。

 

 

母の受容の変化

 

療育園で知的障害のクラスになったことで少しずつ言葉への抵抗が薄れたのか「歩けるけどしゃべれない子」「同い年と比べて発達は遅れている子」というところは受け入れたのかなと思います。そういう子を一言でいうなら「知的障害」だよね、というふうに(娘が3歳になってこう思うのもあるのかも)

この障害ならこういう進路だよ、と見えてきたのもあるかもしれません。うちの地域の病弱児学級・学校は「知的な遅れがないこと」とはっきり書かれていたのもあるのかと。

 

それでもニュースや障害児の親ではない人が書く「知的障害のひと」のニュースや文章は娘と重ねたくない自分がいます。生活に困難を抱えること、差別を受けること、(こういう書き方をしたくないけど)親やきょうだいの負担になること、目にはするけど娘のことだと思いたくないなぁ。娘には娘のキラキラした未来があると信じたい私がいるみたいです。

たぶん、子どもの障害の一つのカテゴリとして「知的障害」を受け入れて使っているだけなんでしょうね。まだまだ道のりは遠いです。

 

 

おわりに

 

例によって私と私の娘にフォーカスして書いた記事です。誰かのお子さんを下に見たり考えを押し付ける意図はありません。

 

他の記事と違って頭の中で組み立てずに、勢いで今の気持ちを書いた文章ですので、ちょこちょこ直したり下書きに戻したりもするかもしれません。ご了承ください。

 

もしこの文章に共感してくださる方がいらっしゃいましたら、是非Twitterで話しかけてくれればなぁと思います。フォローも嬉しいです。

 

ここまで読んでくれてありがとうございました。

りい@娘イヤイヤ期到来 (@aoyamarii) | Twitter