ぱんだかえるひよこ

心臓病&元医療的ケア児の通院と療育のことなど

きょうだいの息子の話③

 

この続きに当たる話がなかなか書けなかったのですが、フォロワーさんのリクエストを受けて書いてみようと思います。

 

 

あの頃、何にイライラしていたのか

 

  • 在宅酸素がはじまり外出困難になった
  • ミルク育児のためすぐに娘を泣き止ませることができなかった
  • 反抗期と赤ちゃん返りで息子が荒れていた
  • 夫は仕事が忙しくほぼワンオペだった
  • 息子は発達がゆっくりで自立が遅かったため苛立っていた。

 

最後の項目だけ詳しく書きます。

発達がゆっくり…とはいえ個人差の範囲内だったと今になって思います。自分の気持ちを上手に出せる子だったので、イヤイヤは激しめでした。

息子は切り替えが苦手です。家で遊んでいて外に出るのを嫌がり、外で遊んでいると帰ることを嫌がりました。どちらもものすごい癇癪に発展して、連れ帰るのに苦労したり、息子と娘2人が大泣きして途方にくれたこともありました。

 

3歳近くなってもはさみを使うことが苦手でした。たまには知育的なことをやってみようと取り組んだら、思うようにできなくてはさみを投げたので、叩いたことがあります。ええそうです親子ともに気が短いのです。

トイレトレーニングがまったく進まないのも悩みでした。朝起きてすぐ、出そうな時に座ってみても一度も成功したことがありません。本人の準備ができていないのだから、母親がいくら頑張っても進むはずがなかったんです。

どちらも幼稚園に通いだしたらできるようになりました。3歳前後でできないなんて当たり前だったんです。何をあんなに焦っていたのだろうと思います。第一子だから分からなかっただけなんですけどね。

 

 

辛くてどうしようもない時どうしたか

 

  • 自治体の子育て支援課に相談した
  • 保健師さんに家に来てもらった
  • 仕事中の夫に電話した
  • 実家の母に10日ほど来てもらった

 

本当に息子が嫌で嫌で仕方がなくて(ガルガル期ってやつですね)私がとった行動がこのような感じです。

 

最初は自治体の子育て支援課に電話をかけて話を聞いてもらいました。傾聴はしてもらいましたが、解決策はファミリーサポートかシルバー人材センターくらいしかなく、利用はしませんでした。

その流れで保健師さんに家に来てもらい話をきいてもらいましたが、息子が相手してもらおうと騒いだのでなんだかよく分からない時間になりました。その後保健師さんには会っていません。

 

ワンオペ育児に限界を感じ、結局頼ったのは身内でした。仕事中の夫に泣きながら電話をかけ息子を連れ出してもらう(義両親に預ける)を何度か繰り返しました。それでも心身ともに疲れ果てて、新幹線の距離に住んでいる実母に来てもらいました。

実母は家事こそできないものの子どもの相手が上手だったので、どちらかを任せて家事をすれば少し落ち着くことができました。うちに泊まることになったので夫には精神的な負担があったでしょうが、私自身はかなり落ち着くことができました。

 

余談ですが、ここで実母を呼んだのが義実家的には役に立ててなかったのかとショックだったらしく、この数年後私と義母はこの辺の因縁も含めて大ゲンカします。

 

 

今思うこと…

 

娘の病状としては、根治手術前の心臓病児としてはかなり落ち着いていました。よく寝てミルクもたくさん飲んでいました。ただ、酸素があって大変だったんだから訪問看護を使えばよかったんです。週1でも来て貰えば気持ちが違ったはずです。全然知らなかったんですよね…

 

 

早く付き添い入院したかった

 

3ヶ月の在宅の後、根治手術のために娘は入院しました。術後1ヶ月ほどすれば退院できるだろうという気持ちで、私は付き添いで息子のお世話から離れることを喜んでいました。

その手術で娘の命が危なくなって、退院できたのは1年後などとは知る由もなく。

 

 

おわりに

 

本当にしんどかったんです。人から見ればそれは虐待だと言われるようなこともしたかもしれません。だからはっきりと細かく描写はできないです。忘れたいけど忘れられないほどしんどかったです。頼る身内はいるのに、逆に身内ですべて片付けようとしたのがよくなかったのかもしれません。

 

また気が向いたら続きを書きますね。ここまで読んでくれてありがとうございました。